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  • 陶芸家・阿部寛史「不完全さと静かな抗い」

    陶芸家・阿部寛史「不完全さと静かな抗い」

    2025.10.10

    私たちは、いつの間にか均一で、完璧な形の器に囲まれて暮らしている。傷も歪みもなく、どれもが同じように整った“かたち”たち。けれど、その整いすぎた世界の中で、一点ものの陶器を——あえて暮らしの中に置くとは、どういうことなのだろう。 今回は、陶芸家・阿部寛史の作品を通して、その意味を探っていきたい。text: Masato Takahashi  photo: Izumi Mochida 10代というトンネルの中で 十代は、繊細で儚く、不安定なトンネルを駆け抜けるような時期だ。阿部にとっても、それは例外ではなかった。葛藤と模索のなかで高校を卒業し、公務員を志して千葉の短大へ進学。そこでの出会いが転機となり、美大進学を目指すようになる。 「十代の、その頃の苦しみと喜びの感覚は、今でも自分の原動力になっています」 山形で見つけた静けさ 人口が少ないぶん、街には広告も少ない。欲しくないものを“欲しがらされる”機会も減った。「東京は同調圧力を強く感じてしまって、生きづらかったです。山形は人が少なく、静かに考える時間が増えました」 いま阿部は山形に拠点を置き、この土地で陶芸を続けていくつもりだ。20代半ばの彼は、繊細さと脆さを抱えながら、自分の軸を少しずつ築き上げている。 桃山茶陶と「見立て」 現在、阿部は桃山の器の写しを制作しながら、その研究を続けている。過去から学び、それを引き継ぎ、現代に蘇らせようとしている。 「桃山茶陶を通して最も伝えたいのは、そこにある見立ての感性です。見立てとは、本来の用途と異なるものを、別の価値に置き換えて使う、日本の美意識に深く根付いた考え方です。たとえば、料理を盛る器をお茶碗として使うような、固定観念にとらわれない発想です」 この『見立て』という感性は、当時の時代背景とも深く結びついている。桃山時代は、戦乱が続く混沌の時代だった。今日の味方が明日の敵になるような不安定ななかで、人々は完璧さではなく、不完全さの中にある美を見出すようになった。 華美で均整のとれた輸入品よりも、歪みやひびのある土の器を尊ぶまなざしは、当時の権力者たちが競い合っていた華やかな美意識へのささやかな反発であり、権威や富が象徴する“完璧さ”へのアンチテーゼであり、同時に——静かなカウンターカルチャーでもあった。 阿部は、この見立ての精神に強く共鳴している。見立てとは、一点ものに宿る個の力を見つめ直す行為でもある。ものの見方を少しずらし、新しい価値を立ち上げる。それは時代に抗う静かな美学であり、他人の価値観に流されず、世界を自分の物差しで見直すための感性でもある。 温故知新 そして今、均質で整いすぎた世界を生きる私たちにも、その精神は問いかけてくる。同じ基準で測られることが安心だと錯覚し、気づかぬうちに他人の物差しで生きてしまうような時代に—— 自分の物差しを持って生きられているだろうか。 阿部は過去から学び、その物差しを手に入れようとしている。 私たち自身もまた、いびつな“一点もの”として生きている。その歪みを抱えながら、同時に他者のいびつさや違いをも受け止めること。「見立て」というまなざしは、想像力を育み、想像力はやがて寛容さへと変わっていく。手でつくられた陶器には、そんな力が宿っているのかもしれない。 阿部寛史 GEEK ART STORE. こちらでの展示作品は、以下よりご覧いただけます。ご購入も可能です。INSTAGRAM @abe_hiroshi_toge 1999年生まれ 東京都出身、山形県在住。令和の桃山再考をテーマに、安士桃山時代における茶の湯の思想と美意識をもとにした作陶を行う。陶芸に取り組む以前は線画での無意識的な線の模索をしていたが、桃山に無作為の美を感じ、古陶再現に取り組むようになる。異文化交流や禅の思想が花開いた桃山時代の茶陶に込められた精神性は、多様な価値基準が行き交う現代において自己を見つめ直す手掛かりになると考える。現在は古陶の再現(写し)とその差異を軸に令和的桃山陶のかたちを模索している。

  • BOOMRANNG「過去と今を繋げて未来へ」

    BOOMRANNG「過去と今を繋げて未来へ」

    2025.01.10

    ムンバイ出身のクリエイティブユニット「BOOMRANNGスタジオ」。Sonal Vasave(ソナル・ヴァサヴェ)とMakrand Narkar(マカランド・ナルカール)の二人によるこのスタジオ

  • witness 「日常生活にある美を愛する芸術家 」

    witness 「日常生活にある美を愛する芸術家 」

    2024.08.15

    日常の美しさを見つめる 私たちは“ここではないどこか”に喜びや美しさを求めがちだ。 しかし、実は足元に目を向ければ、そこには美しく愛しい風景が広がっている。 例えば、家族や友人との時間、日々の中で感じる小さな喜び、四季折々の風景。 これらはすべて「今、ここ」にしか存在しない特別なもの。 witnessの作品は、そんな日常にある見落としがちな美しさを思い出させてくれる。 ルーツ 1: 感性の原点 「子供のころは父親からの影響でアニメ、マンガ、特撮、ゲーム、プラモデルといったものにずっとハマっていて、 チラシの裏に落書きしたりノートにマンガを連載して自分一人で楽しんでいました。 内容はほぼドラゴンボールなんですが(笑)。ガンダムやウルトラマン、仮面ライダーは今でも大好きです。 ゲームソフトのパッケージにはポップなイラストが多かったのですが、 天野喜孝さんが描かれたファイナルファンタジーシリーズには、 これまで見てきたものとは違う繊細なタッチや色の使われ方に衝撃を受けました」 ルーツ 2: 福岡の多様な文化とアジアとの交流 witnessが生まれ育った福岡市は、九州地方の経済と文化の中心地であり、 豊かな歴史と現代的な魅力が融合する都市です。 古代から重要な交易拠点として栄え、現在ではITやスタートアップの拠点としても注目されています。 「福岡は九州各地から人が集まることもあって、アーティストがとても多い地域です。 ギャラリーもここ数年で増え、注目が集まっています。 また、福岡はアジアとの玄関口とも呼ばれていて、韓国の釜山とは飛行機で50分の距離なので、 よく遊びに行きます。 現地の友達とお互い行き来し、美味しいものを紹介しあったり、文化の違いを知ることがとても楽しいです」 花のモチーフについて 「活動初期は線や模様などの抽象画を描いていたのですが、 モチーフを取り入れる練習として花を描き始めました。 草花がフレッシュなエネルギーを伴いながら成長し、 時の流れとともに枯れていく中で、色やかたちが変わっていく美しさ。 それは人間の年齢や老いていく姿にも重なって見えます」 絵を描くうえで大事にしていること 「偶然性も大事にしています。 例えば、刷毛のストロークやマスキングテープの位置などです。 10代の頃、ロックやパンクロックが好きでよく聴いていたので、 上手く表現できなくても最初に感じたことはとても大切にしています。 なので描き損じや一筆目のラインを好んで残すことが多いです」

  • TAKERU IWAZAKI「FLOW ー 自由と個性ー」

    TAKERU IWAZAKI「FLOW ー 自由と個性ー」

    2024.05.23

    TAKERU IWAZAKI 絵の中に自分が入っている、他の存在を感じない静かな世界にいる TAKERU IWAZAKIは、絵を描いている時の自分の状況をこう説明する。絵を描いている時に完全に没頭し、自己意識が低減し、時間の感覚を失い、作品と一体化する。これは心理学でいう「フロー状態」であり、禅でいう「無我」の状態にも似ており、内面の静寂や平和を感じられる瞬間だ。 「FLOW」これはIWAZAKIのメインのテーマである。これには二つの意味があり、一つは水や雲の変幻自在な形や表情の「流れ」、そしてもう一つがこのフロー状態だ。彼はそれが楽しく、その状態になるために絵を描いていると言っても過言ではない。 ORGM_5 2023 ルーツ1: 静岡 IWAZAKIの故郷である静岡市は、人口約70万人を抱える都市だ。この地は、日本の象徴である富士山の麓に広がり、山々に囲まれた自然豊かなエリアとして知られている。南部は駿河湾に面し、新鮮な海鮮料理で有名だ。 また、歴史的には、戦国時代を終え、江戸時代の幕開けとなる徳川家康の幼少期の地としても知られ、日本茶の名産地としてもその名を馳せている。 IWAZAKIは20代前半にデザインの専門学校に通うために東京に拠点を移したが、3〜4年で生まれ育った静岡市に戻ることを決めた。東京の多くの誘惑によって制作に集中できなかったのが理由だった。 結果的に生まれ育った街だからこそ、互いに応援し合える人間関係があり、彼が制作で使用しているオリジナルの変形木製パネルも、このような地元の仲間のサポートがあってこそ生まれたものだ。 ルーツ2: アブストラクト・ヒップホップ 「実験を重ねて独自のサウンドを追求する姿勢や、ラップ(言語)に縛られず、聴く人が自由に風景などをイメージできるスタイルに影響を受けました」 彼が最も影響を受けたアブストラクト・ヒップホップは、1990年代初頭に登場した伝統的なヒップホップを超えて、ジャズやエレクトロニカなどの影響を受け、非伝統的なビート構造を用いることで知られている。 また特定の文化や社会的文脈から自由なため、幅広いリスナーに受け入れられた。彼の作品の印象に共存する和洋の要素は、欧米のストリートカルチャーや音楽に影響を受けたからだろう。 EXTRACT_3 2023 FREEFORM 自由であること 日本は自然の美しさと厳しさが共存する国であり、しばしば自然災害に見舞われる。この環境が私たちに自然の力への深い畏敬の念を植え付け、自然と共生する文化とアイデンティティの形成に寄与している。TAKERU IWAZAKIにとっても「自然」は重要なインスピレーションの源だ。 「水や雲の変幻自在なところや、形や表情に惹かれます。そして、同じ種類の植物でも、貝殻などでも、個体によって変形していたり、何一つ完全に同じ形がないという、個性にも惹かれますね」 IWAZAKIのEXTRACTシリーズでは、同じ総柄のドローイングのシルクスクリーンの版を使用しながらも、形が異なるパネルにプリントすることで、各々が独自の存在となる。一方で、同じ版で作られていることから、一つの連なりとしてのアイデンティティを形成している。